古越後平野の誕生

中期更新世の中ごろから平野周辺の地層は南南西北北東方向に伸びる背斜構造を発達させながら隆起をはじめた。越後平野もそれに応じて浅い海になった。約40万年前には海岸平野と内湾が交互にくりかえす海岸地域に変わった。これが越後平野の誕生である。このあと、温暖な間氷期には海水面が上昇し、入り江が奥深くひろがり、寒冷な氷期には、海水面が下降し、海岸平野からデルタが海側へ前進した。この時代には信濃川や阿賀野川を始め、多くの河川にそって河岸段丘が形成されていた。角田山の麓には海岸段丘が残されている。この間にも平野の沈降はつづき、700メートル以上の地層を堆積した。この時砂石層には当時の海水が取り込まれ、また大量のメタンガスがバクテリアの作用もあって堆積した有機物からつくられ、西蒲原ガス田をはじめ、新潟周辺の地下に広がる水質性の天然ガス鉱床が形成された。

古越後平野の誕生